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日記

As they say "Seize the light.", you say "Let there be light."

世記6

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世記6

↓以下 落書き帳25


~で、ね、エニアグラムだけはケリを付けといた方が良いので、はっきりと色々書いていきます。エニアグラムって、竜頭万里子さんの「究極のエニアグラム」ね。

私Shinpei Sugiura(杉浦真平)は「データドリヴン」なヒトではありません、し、スペシャリストタイプでもありません(竜頭万里子さんの「究極のエニアグラム」のタイプ4に該当するかどうかとは別問題)。だからいわゆる学究の人とはちょっと違います。私Shinpei Sugiura(杉浦真平)は、竜頭万里子さんから、タイプ2、タイプ4w5、タイプ3(調和タイプ)、タイプ6(調和タイプ)、タイプ9(調和タイプ)、との「判定」は頂いておりません。


竜頭万里子を自称する特定一個人か人間集団(以下竜頭万里子さん)が実在するとして、どうもね、私Shinpei Sugiura(杉浦真平)と竜頭万里子さんを同一人物に仕立て上げたがっているもしくはしたがっている特定一個人か人間集団が居るということなんですよね。杉浦真平は竜頭万里子さんではありません。竜頭万里子さんはこれをご覧になっているでしょうか。竜頭万里子さんだって杉浦真平と一緒にされるのはお嫌でしょう。

自由英作文を一つ載せます。
There is a difference between a door and a gateway. We must distinguish "door" and "gateway." Is this a problem in English? No. There are Arabic, Hebrew and so on, and we do not live in a world of languages. Language is not the gateway to culture, but maybe language is the door to culture. You have already committed diplomatic dialogue. 
こういうことです。ご謙信を。竜頭万里子さんはかつて「究極のエニアグラム」の一側面を「ユダヤの知恵です」とおっしゃっていました(タルムードから派生してのという意味での言)が、現代のイスラエルの人々がそれをどう鑑みるでしょうか?

自由英作文をもう一つ載せます(別所にも載ってます)。
Have you ever had green tea? A cup of that is so delicious and good for our health. Viridian leaves give inspiration of self-portrait to us. ......I am not going to attack or scorn the people of your country, but I think that you have to think of yourself again. When it comes to "You are not alone.", some people like you and some people dislike you. There are enemies. From the geographical point of view there is a distance between you and me(us), but why can each of us become a good friend among these neighbours?  Please do not ignore one of "human addiction." You said the same of "Everybody's someone else's bad person." as well. An ironical expression is nevertheless misleading. We know each other. 

かつて私Shinpei Sugiura(杉浦真平)は竜頭万里子さんに手紙で「私に危害を加えている特定の人物が(私に対して)自作自演を行っている」という内容を告げたことがあります。その自作自演(人間集団)が私Shinpei Sugiura(杉浦真平)と竜頭万里子さんを同一人物に仕立て上げたがっているもしくはしたがっているものであるという可能性が(ある程度)あります。


私Shinpei Sugiura(杉浦真平)は一般のエニアグラムはエゴグラム等と同じくくだらないと考えて深くアタッチしなかったんですけど、ところでさ、累進加点制でエニアグラムやってるヒトたち居るじゃん?あれ何のアテにもなんないから。ちょっと言い方が悪いけど、measureに長さはあっても数値化するのはナンセンスだから。


現代社会に生きるヒトをJesus呼ばわりするのってナンセンスですよね、Jesusは二千年前に生きていたと言われているイエスさんだけですよね。竜頭万里子さんは「(古代の?)キリスト教徒はタイプ2の集団であった(という(エニアグラム上の)説もある)」とおっしゃっておられました。「タイプ2w1の友達はタイプ2w1だけ」との言もあり、また、「タイプ2w3は精神科など行かず……」と同タイプ2w3をキャラクタライズしておられましたが、別のところで「タイプ2w3は(タイプ2w1と対比されると)少しは悪い人間も居ると思っており……」と特徴付けてもおられました。ところで、竜頭万里子さんとてJesusではないでしょう、ということがあります。


ところで、性格というと冨樫義博さんの漫画の「ヒソヒソのオーラ別性格診断」だっけ?、が、個人的に有用だと鑑みております。あ、私Shinpei Sugiura(杉浦真平)は基本的に(は)冨樫義博さんの漫画のファンですので。漫画一般のファンではないです。漫画読むんだったらちゃんと読もうね、ヴィジュアルどうでもよいから。……私?y₌e(₌2.71...)のx乗のグラフが好きです、漫画の絵の見方っていうのはそういうものですよね。

私Shinpei Sugiura(杉浦真平)は、
あまり単純ではありませんが、一途です、量が増えるかどうかは対処する物事によります、
嘘という発想自体があまり在りませんが、気まぐれです、味は頻繁に変えていきます、
(ある程度)(は)神経質です、不純物は不可抗力として生成されるものでしょう、
類というのはどういったことなのでしょうか、カリスマ性はありません、
「理屈屋」という場合の理屈は「理」とは違いますよね、マイペースです、必要の無いものにはアタッチしません、
短気か短気でないかは対処する物事によります、色はモノクロが好きです。


かつて竜頭万里子さんは、「エニアグラムに触れると、不思議な世界が見えるようになるようです」だったかな?、一見してはオカルトじみたそんなようなことをおっしゃってましたが、視覚情報だとそのような場形象、「自分が背後から光に照らされて出来上がった自分の影を見て踊る囚人に過ぎないことを悟る」その他の捨象された情報の反芻、あれはそれこそ冨樫義博さんの漫画の「炎殺黒龍波」みたいなものだと思われ、というのは、私の場合は長年ノイローゼ状態でもあったことの原因としてストーカーに連中の肉体を用いたエニアグラム(図)の当て付けを屋外主に公道でやられ続けていたというのがあるんですけど、それが、最近は大分良くなってきたというかおそらく慣れてきた、と言うと、語弊があるんですけど、というのは、文章はもちろん自意識的に考えて書いてますけど、カードの類で現出されるあれですね、あれは全部事実であってそれを記録しているんですけど、ああいった形で出ちゃっているんですね。playing cardsのポーカー程度だったらばあまり驚かれないかもしれませんが、タロットやオラクルカードでもああいう風にピタッと出るのですね、もちろんシャッフルはかなりしてます、平面にバーッと拡散させるという形でも多々切ってます。

パスカルが、ポール・ロワイヤルに引きこもって修行に励み、ある時炎を見つめていて悟りを得て歓喜(というか、「救われた」、ということかな?)の涙を流したというのは有名な話ですが、これが事実だとすると、私とはもちろん切り口が違うということでしょうけど、400年前を生きていたパスカルさんにも、そういったものであった、ということだとは思います。

基本的にはね、「苦」ですよ、エニアグラムだけではなくて、抗精神病薬によってもたらされる精神的肉体的苦痛や、私の人間性的なメンタル的特質が、相織り為って、そうなっているとしか言い様がありません。

先述の通り、社会には科学と非科学の二元論を設定してその枠組みで物事の説明を試み後者に関する事実を無視するという非科学の信奉者が居るんですけど、もちろん私は現代社会を生きる大多数のヒトと同じく前者の信奉者であ(るという側面もあ)るということです、が、現代社会における流布された一般常識としての「サイエンティフィックな感覚」からすると認証し難いものであるという部分も社会的にはあるかな、とは思います。

医療従事者その他からの攻撃を受けると、こちらはある程度の反応をします。もちろんその具体的内容については解析済みでしょうけど、そういった反応をこちらにさせることで「空気を読めない」のレッテルを私Shinpei Sugiura(杉浦真平)に貼り在りもしない自分らの正当性を立証する(した気になる)ということを連中は行っているものであるということです。テロリズムをはじめとした自由とは呼ばれ得ないものであるところの責任を伴わない自由(めいただけのそうではないもの)に連中が加担していることは明白です。もはや、私Shinpei Sugiura(杉浦真平)は「沈黙は金、雄弁は銀」では身を守れません。暴力団員が「拉致して、シャブ漬け」にするものであるとしたら医療従事者(主に精神科医)は「シャブ漬けにして、拉致」するものであると形容すると分かりやすいでしょう、前者は農耕民族型の攻撃であり後者は狩猟民族型の攻撃であるということが言えます。デカルトは、判断というものは外部的な何らかを必要とするのでそこに誤謬が生まれると言っています。ここで判断の主体jeという概念が出てきます。記憶というものを考えてもらえば分かるんですけど、というか記憶というものがどういうものであるかということなんですが、現在の自己が過去の自己に依存することは自己の捏造であって、"Je pense, donc je suis."において"je suis"を意識しないということがどういう統合失調な認知・判断・行動の主体における喪失であるかということです。これは、"je suis"にまつわる問題ではなくて、時間の存在が単なる思惟様態として否定されているということもあります。

ヒトは三大欲求の内睡眠欲だけを我慢できないそうですが、かといって抑圧された食欲や性欲がヒトの行動原理になっているわけもなく、強引に他者において食欲や性欲が行動原理になっている「ことにする」畜生の如きフロイト信者の類の者やアドラー信者の類の者は地獄の底で貴様らだけのコミュニティで勝手に行っていて頂きたい。ああいった連中(板前さんに握ってもらった寿司も、客体ではなく、既に自分の肉体の一部、みたいな下等な連中)って、食事の味も性の喜びもその物事の本質的には分からないんでしょうね。敬虔なキリスト教徒のヒトたちは食事の前にきちんと儀式めいたお祈りをしますけど、一般的な日本人においてはせめて「いただきます」「ごちそうさま」が料理の作り手と目の前の食事や食べ終えられたものに対して言われるということがあるべきでしょう。

(西暦2020年7月30日午後記載、後西暦2020年8月5日12時30分加筆改変)


タイプ8→「食う」、タイプ7→「殺す」、タイプ3→「犯す」、タイプ4→「?」。これらは全て「タイプ○的なもの」とでも形容され得るものであり、竜頭万里子さんが判定したそれぞれのヒトにおける「究極のエニアグラム」の性格タイプとは(直接的な)関係はありません。竜頭万里子さんの「究極のエニアグラム」のタイプ8、タイプ7、タイプ3、は、戦場上であるとすると理解しやすいそうですが、上記の形容説明で戦場が如何に悲惨なものであるかよくお分かりになられるでしょう。レーニンは竜頭万里子さんの「究極のエニアグラム」のタイプ8w9だそうですが、もちろん戦争は悪徳であり愚行に決まっていますが、是が非でも戦争に否を突き付けるところから思考を出発させ「戦争を内乱に転化せよ」とするということが如何に悲惨な戦場のストーリーであるかご理解いただけるものと思います。そして実際、竜頭万里子さんに竜頭万里子さんの「究極のエニアグラム」のタイプ8やタイプ7やタイプ3と判定されたヒト達、タイプ4と判定されたヒト達ですらも、が、上記の様であるかというとそうではないのですよね。百獣の王同士では「激しい殺し合い」です。タイプ8には「『自分はタイプ4だ!』と主張する」というヒトもおられるそうです。タイプ4的なものの「?」を自虐と表現してしまって適切かどうかは(この場では)分かりませんが、かつて竜頭万里子さんがおっしゃっていた「タイプ5にとってタイプ4などものの役に立たず……」ということにはそういうものもあるものであるかと思われます。……「どちらが」上手く社会を構成できるかという問題にもなってきますが、「脱皮できない蛇」だけでは明確に社会を構成できません。……タイプ8→「erase」、タイプ7→「absorb in」、タイプ3→「invade」、と云ってもある種良いかもしれません。

(西暦2020年8月中旬記載)

 
原因に対して結果があるのは当たり前です。結果の存在をワザワザtext化して標榜するヒトは全てのヒトが同じで平等であると思っている愚物であって、このようなヒトは権利すらもその本質的に個々のヒトにまつわる権利というものでなくしてしまう反社会的人間であるということです。例えば、選挙(権)は投票が為されて初めてその社会的意義を存立させます、が、選挙において不正が為される必要は無いということであり、何故ならば「『不正』の存在は被選択を為す」ということだからです。選挙におけるそれぞれの候補が得た票を民「意」という形でその定義に過ぎないものを取り扱うということは社会や民主主義の本質をナチズムや共産主義(政党としての共産党に言及しているのではない)と履き違えているということです。「選べる」などという幻想が在ると思ったら大間違いであり、機会にコストを要するという考えが明らかに間違っており、機会費用などというものは存在しません。具体的に法が実効している社会において人々は法の下の平等は保証されていますが法の下で平等であるわけではありません。そのgovernanceが法に依拠される個としてのヒトが治められるのではなく種としてのヒトが治められるのであるからこれは当然であるということであり、法廷での闘争ありき、執行者の存在と共に法が法として存在することが我々の幸せかもしれません。

(西暦2018年夏記載)


審美主義者の弱点。

例えば、普通は新しいものは新しい記事として書き足していくんだけど、キリの良いところで留めておこうとかいった妙なこだわり、いや別に美しくもなんともないことは自分で分かっているんですけどね、そういうものが生まれて、こういった既存の記事に追加更新とかやっちゃうという形になっちゃうとかいったことになる、とか。

ここまで書いちゃったのでそのままちょっと書きますけど、上記普通は新しいものは新しい記事として書き足していくということが普通でなく分からないヒトというのが居るんですよね。「僕はこうやります」「自分はこうやってます」みたいな。これは本格的に精神を病んでいる病気のヒトではないのかな(?)、と、素人判断でも思わされますね。

自分自身のことについては、客体として見ているというか鑑みているので、余程程度の酷く不格好ではない限り(ここなんですよね、たぶんポイント、システミックレイシズムにつながるか否かスレスレのところ、自分に対しても他人に対しても)、個々人の個性として(という形で)捻出される……ということが許容されるか否かということ。私Shinpei Sugiura(杉浦真平)はおもむろにこの弱点を突かれるという形で攻撃されてます。私が竜頭万里子さんの「究極のエニアグラム」のタイプ3やそのウイングを持つタイプに該当するかどうかとは基本的には別問題、いや別に私Shinpei Sugiura(杉浦真平)はタイプ2やタイプ3という竜頭万里子さんからの「判定」は頂いておりませんけどね。

(西暦2020年8月上旬記載)
 

世界がpara-したら、精神疾患ひいては規定体の一部となるということでしょう。社会がpara-したら、それはファシズムが台頭した世界というよりは、ナチス支配下のドイツのような社会が構成されているということでしょう。個人がpara-したら、それは読んで字の如く「それ自身から全てが発している社会ひいては世界が構成されている」、生物学的な自己同一性と社会学的な自己同一性の区別が付かないか自己同一性というものにおいて社会学的なそれしか存在しないというところの精神障害者、ということでしょう。狂信者の凶弾に倒れたジョン・レノンが何かを物語っています。

例えば、
「私は遺伝子に異常がある、よって私はstupidではない」、というのは間違っているのであって、
「私は遺伝子に異常がある、よって私はstupidである(遺伝子に異常が無いからといってstupidではないというわけではない)」、というのが正しいものであるということです。

(西暦2020年8月19日0時00分記載)~




↓以下 落書き帳26


・精神科医を含めた敵方連中は、既存の人間関係やそれに基づく冗談を解しないのではなく、それが既存の人間関係やそれに基づく冗談であることを理解した上で(自他における)それを否定するということを攻撃の材料としてくるということである。以前も書いたが、精神科医連中のやり口は「シャブ漬けにして、拉致」である。精神科医を含めた敵方連中は絶対的な否定を被害者である患者に対して押し付けてくる。これは二種類居る精神科医の内特に竜頭万里子さんの「究極のエニアグラム」のタイプ2の精神科医に多いが、敵方である精神科医連中はシステミックレイシズムの被害者に患者を仕立て上げようとするものであり、もはやそのような自爆テロしか連中には手立てが無いということである。……これは戦争である。……今現在私Shinpei Sugiura(杉浦真平)が服薬している抗精神病薬商品名エビリファイのジェネリックの医薬品は非常に良質であり良い効能を私に対して及ぼすものである。事ここへ至って精神科医連中が上記のような対応を私に対して取るのは同医薬品が良好に私おいて作用しているからである。つまり、自称川村和正Dr.はどうだか知らないが、精神科医連中一般は私Shinpei Sugiura(杉浦真平)に薬を飲ませたくないということである。同上記竜頭万里子さんの「究極のエニアグラム」のタイプ2の精神科医は精神病患者に対して全般的な被支配を要求することを第一義として「治療」にあたっている連中であるということである。(西暦2020年9月11日16時54分記載)

・どうやら、おそらく精神科医による見解だと思われますが、「病気が治っている」状態であれば私は発狂しているということなのであるということです。私は、病気であるが故に、自分を客体として見做し色々と解析できたりするということであり、そのような病気である、と、おそらくは精神科医は言いたいようであるということです。お前はどう頑張っても自虐しか出来ないということを彼らは私に対して言いたいものであるようだということです。つまり、私が少なくとも能動的に他者を傷付けないのは、病気だからであり、ここではそれが精神科医であると私は言っていますが、一部の悪質な人間たちは、「病気を治し」私が病気であったことの証明を取るということを行いたいものであるということです。私は、二千年前を生きていたと言われているイエス・キリストではなくドイツの文学者ニーチェでもありませんが、幼児でもあるまいし善悪の区別程度は付くものであり、彼らのまるで自分達が正当であるかのような立ち位置の確保つまり精神医学という牙城を堅持するということを目指しているということに貢献するつもりは無いです。だったらば精神科へ行くなということになるでしょうが、精神科医は私Shinpei Sugiura(杉浦真平)を統合失調症であると判定しているものであり、よってその判定の公的手続きを踏んでもらうかもしくは判定を取り消すかということを行っていただく為に精神科へ(は)通院するものです。……実際のところ、精神科医がその判定に従って処方した医薬品を服薬するとどうなるか?(特に私Shinpei Sugiura(杉浦真平)と同じ統合失調症患者の方には申し上げたいですが、何がどうなっているかよく鑑みて下さいよ。良くなっている場合もあるでしょう。医薬品にお金を払っている限りにおいて、詐欺に引っかかっているものであるという場合もあるでしょう。最悪の場合、騙されているものであるという場合もあるでしょう。)(西暦2020年9月6日15時12分記載)

・「それがどういうことなのか」という認知を、特別に社会勉強を行っている賢い子を除いて、子供は基本的に与えられない。例えば一般道路における通行車両皆無状態での歩行者の信号無視が行われるにあたって、経済学的効率からそれが社会的に受諾されるということはあり得ない(これは特に真面目人間の朴訥見解でも何でもない)。「子供が真似をする」ということがその先どういった結果を生むか考慮されるべきだろう。……私Shinpei Sugiura(杉浦真平)の場合であると、例えば10歳以下の子供が公道で絡んでくるということもある。子供が具体的指図を大人から受けている場合は論外だが、子供が「そう」能動している場合でも子供に対してそう仕向けている大人が居るという事であり、教育の問題とも関連してくるものであり、例えばアメリカ(国務省)が提示している2020年度のTrafficking In Personsのレポートではそこまで詳しく言及されていない。内部資料を公にさらすわけにはいかないということもあるかもしれないが、具体的に事をどうこうしなければ問題は解決されない。(西暦2020年9月9日23時50分記載)






(出ましたね(?)……、United States Advisory Council on Human Trafficking 2020年度年次レポート。ここからリンクは貼りませんけど、米国務省のサイトに載ってます。)






余興というか、折角書いたので載せておきますね。




・北朝鮮が自らを正当な核保有国として国際的に認めさせるというのは、北朝鮮の理想の一つであり、それを西側諸国が受け入れないことは当然北朝鮮とて認識しているだろう。「だから」北朝鮮が核保有国であるというのはおかしい。彼らは、核ミサイルを飛ばしたらどうなるかということは、それを使用することは無いと表明しているということも含めて、よく分かっているということだろう。ここに存するのは抑止力などではない。軍拡競争でもない。(西暦2021年12月19日13時12分8秒記載)

・中国が「中国には中国の民主主義がある」と表明している。確かに、我々黄色人種の社会に西欧の民主主義が招かれた場合、例えば表現の不自由ということによって象徴される社会が到来する。何故かというと、例えば善悪ということについて同調圧力が捏造され新たな社会的テクストとして敷かれることになるからである。これは社会的善悪であり普遍的善悪ではない。もちろん西欧人達もそれを分かっている。彼らにおいては、社会を守るという名目の下、西欧文明社会特にはアメリカは守られている。何故ならば、white supremacyの是非に関係無く、それはそれとして利用されているのであり、自分達は白人だからというそれが彼らの遺伝的(に染み付いた)戦略なのである。…彼らはアメリカをロシアにはしたくない。……日本人の談合得意はおそらく文化人類学的に、西欧人のそういった側面のものと比べて、説明がよく為されているものと思われる。ここへ来て法より情を優先する韓国人などといった意見があるが、我々黄色人種の東アジア人において特例の事としての中国社会に鑑みられることとして、あくまでテキストである概念を法規化して(再テキスト化)自己の社会的立ち位置を明確化そして明示化すると同時に社会をキャラクター化していくということがあるのではないか。奇しくも、習近平国家主席はおっしゃっている、「愛される中国の像を作り上げねばならない」。(西暦2021年12月2日12時15分59秒記載。西暦2021年12月2日13時40分25秒加筆改変、西暦2021年12月7日15時10分30秒加筆改変、西暦2021年12月27日2時16分35秒加筆改変)

・西暦2022年8月29日付けの産経新聞(の朝刊)に、米国の歴史学者エドワード・ルトワック氏による文章が載せられているが、もはや中国の計画経済を否定するのではなく、中国を民主主義国家扱いしている。習近平氏は自国中国にまつわる「社会主義の現代化」を標榜しているが、ルトワック氏によっては中国という国の内実が全く無視されており、ひいては(おそらく教育の内容その他もそうであろうが)ヒトにまつわる社会性が全く無視されている。ここのところアメリカではドナルド・トランプ氏にまつわる事件が取り沙汰されているが、アメリカは砂漠を緑に変える中国に勝てるのだろうか?中国国内において大豆の価値が低いのならば、別に家畜の飼料としての用途以外にヒトが摂食しても健康に良いのだからということも含めて、人々にそれを需要させてやろうと経済を計画するのが現代化された社会主義ではないのか?食糧の自給が弱いのだとしても、それを克服すべく様々な側面の案件が考慮されるのが現代化された社会主義ではないのか?……ところで、英語の動詞の、例えば、actとperformでは全く意味が違う。この際、英和辞典や和英辞典はあまり役に立たないので、物事の説明の便宜上のものとして敢えて訳出するならば、前者は日本語の「行為」、後者は日本語の「行動」、に近いと思われる。皮肉にも、日本語で云われる「動物行動学」や「行動経済学」などといった表現における既知性はそれらの当該性を示している。……ナンシー・ペロシ米下院議長の訪台に合わせて習近平氏は「戦争をする意図は無い」と米側に申し入れていたそうだが、米国内でどういった議論があろうと「現に戦争は起こっていない」。ルトワック氏は、米国の様な民主主義の国家と中国の様な「民主主義」の国家では、戦争が無根拠に前提であると説明してしまっている。中国には西側と上手くやろうという意思が有るが、西側には中国と上手くやろうという意志が無い。これは、恐ろしいことに、現在のロシアの暴挙を肯定する根拠となってしまっている。……別の逸話として。前回2020年のアメリカ大統領選挙戦において、同国民のほぼ全てが投票行動に自らを依拠するに至ったのは、トランプ前大統領の再選を阻止せんとする人々といわゆるトランプ・サポーターとの間での争いが(一種)顕在化したということだろう。それだけ反トランプ派の人々もトランプ氏やそのサポーター達もアメリカという国を愛しているということであろう。ならば、トランプ氏が存在感を示せば、アメリカ市民に自己研鑽を促すことが出来るという解釈も成り立つだろう。(西暦2022年8月22日16時40分記載、西暦2022年8月27日19時33分加筆改変、西暦2022年8月29日19時45分加筆改変)

・辛亥革命110周年記念において習近平氏がおっしゃっていることはとても建設的である。氏はあくまで社会に対する肯定感を人心において大切なものとしている。…結果、中国は大きく発展した。一部外国のマスメディアはこれを強権と呼んで忌まわしきものと扱うが、社会に対するコントロールの効きをすべからく中国は実践している。……ところで、アメリカの人々の一部は、自他におけるこれを、やはり嫌う様である。米CIAは、近日、中国を最も深刻な地政学的脅威と位置付けた様であるし(単純にその様にして出来上がっている中国が(も)強いということであろう)、自国内においてもバイデン大統領の提示する支出をGOPが拒んでいるという実態がある。……確かに、中国国内における一部人権侵害を鑑みるに、問題点が無いわけではない。只、それは例えば汚職摘発等を行う中国共産党指導部の本意(もしくは本位)なのか?社会の構成員は善良人ばかりではない。「社会に対するコントロール」とはそういった観点からの意味合いもある。そもそも、アメリカにはregulationがある、ということを言う人も居るが、アメリカの社会主義化要素を嫌う人々においてそれが「どう」依拠されるかということが問題であるかのように鑑みられる。それは映りの問題ではなく、事はあくまで実践的である。「人々が自由のもとそれを成し遂げる」において、それは強権とは呼ばれないだろう。実は、それは恐ろしいことでもある。中国はそれで成功した。そもそもアメリカは中国の真似をする事を嫌うだろうが、アメリカがそれで成功するか?アメリカがそれで成功した場合、何が蘇るだろうか?(西暦2021年10月9日21時11分30秒記載)

・「アメリカ市民の役割」という発想をするとなると、それはもはやアメリカンドリームではないということらしいが、それはアメリカに実地的にresidentialであるところのアメリカ市民においてはということである。アメリカ国外において「アメリカ市民の役割」が一考されても論題として間違いではあるまい。……只、結論としての「アメリカ・ファースト」がどの様なものを招くかは別問題である。確かにアメリカ市民は内在的にも外在的にも高い死のリスクに瀕している。しかし、その観点からのみ推し進められた「アメリカ・ファースト」によって事態がどう顛末するかは別問題である。バイデン米大統領はトランプ前米大統領のこの路線を変更させているが。…路線の変更?その様な観点からのみ捉えられるものではないだろうが。……奇しくも、東京オリンピックが近しいが、スポーツ競技の場における飽くなき闘争心のやり場としての云々というものは間違っており、競技に挑むのは勝つためであり、敵は躊躇無く攻撃してくるものである。「それ」がある限りのあの珍妙な変革欲は何ももたらさない。アスリート達は自分と(も)戦っている。自らを見失ったら終わりであろう。彼(女)らは、そうでないヒトビトとは、基体が違う。彼(女)らは自らをハズさない、もし自らの存在の存位の否定が為されることがあればそれは競技失格である。だから源逸的(元逸的)に成長していく。よく聞かれる「自分を出し切る」というのはそういったことに基づくものだろう。……米国のアンソニー・ファウチ医師もこれはpolitical issueではなくpublic health issueであるとおっしゃっているが。(西暦2021年6月24日20時16分25秒記載、西暦2021年6月25日0時53分56秒加筆改変、西暦2021年6月27日15時53分40秒加筆改変、西暦2021年7月25日14時32分22秒加筆改変)

・ロシアが種々テロリストの犯罪者を飼っておかねばならないという現実がある限り、プーチン露大統領やロシア政府高官らの嘆きは止まらないだろう。ロシアが犯罪者国家扱いされることはもちろん彼らの本意ではない。バイデン米大統領も、先月のプーチン氏との会談での感触を得てのことか私は存じないが、つい先日アメリカ国内の二百を超える企業がサイバー攻撃を受けた事について、「プーチン氏の返答を待つ」と氏やロシア国に対する対応を変逸させた。プーチン氏は、クリミア沖での事情について、「英艦を攻撃して第三次世界大戦を引き起こすことは出来るが、その様な事を行っても(自分を含めた)誰もが勝者になるわけではないことを知っているので、自分もその様な事は行わない」という内容のことを言明しておられる。……表現力と読解力はある程度被っている。これらと背反するのは解析力であろう。日本語ではという場合はだが。……中国で習近平国家主席が共産党創立百周年の記念式典にて71個のメダルをそれぞれの人々に授与したそうだが、その中に献身的なウイグル人の男性が含まれていたそうである。日本の新聞の報道と全く(実情が?)異なるのだが。ポンペオ前米国務長官は日本の雑誌で「習近平氏は賢いが残虐」と語っておられた。ところで、それこそ日本の新聞に載っていたが、中国の若者が競争に否定的だというのは興味深い。(西暦2021年6月25日0時53分56秒記載、西暦2021年6月25日14時21分28秒加筆改変、西暦2021年6月25日20時27分5秒加筆改変、西暦2021年6月30日12時22分57秒加筆改変、西暦2021年7月4日13時51分55秒加筆改変)

・「民主主義のための民主主義」や「自由のための自由」が、現代の一般的な教育を受けた者らによって責任を伴わない自由と履き違えられただけのそうではないものとして流布されている裏側には、彼らの現状が失われてしまう事に対する恐怖があるのではないか?全世界が連帯して社会をつくることに対する恐怖を植え付けて、そこには一種のカースト制度の到来にまつわる人種差別にアンチする為に「それを執り行う」という悪魔の誤魔化しがあるものであろう。白人も、我々アジア人も、黒人も、その一部がそうだが、差別というものにかまけている余裕があるのなら、自分らが享受している自由と取り敢えずは呼ばれているものについて考えてみてはどうか。何故日本(に)だけ被爆国なのか、その理由について考えた事がある者がどれだけ居るのか。日本はいつも「(我が国だけ)被害に遭った!被害に遭った!」の一点張りである。……そうである、「被害に遭った」のは紛れもない一般市民なのである。少なくともこの点に関して、主張するのは一般市民ではない。……アメリカのマスメディアの記者が先日(本日西暦2021年6月15日)行ったロシアのプーチン大統領へのインタビューについて、プーチン氏はロシアの大統領だが世界に君臨する皇帝ではないので、例えばアメリカ国と相対するにあたって「そう」対応するしかないという事がある、ということではないかと思われる。そこで、それがプーチン氏個人の思惑とは外れるものであっても、intelligence matter云々様々なものが現出することになる。氏の柔道への力の入れ具合は有名だが、武道的観点からするところの「押す」や「引く」といったこと、さらには「固める」といったことまで、それらから氏は大いに学んでおられるのではないかと考えられる。もしくは、そういう頭脳の人が柔道に取り組んでおられるという事かもしれない。……自分のことに関して言うならば、私は、自分が父親である暖かい家庭像を描けぬという点においては不幸であった。しかし、私は、過去、社会の片隅に居る人たちと共に、もし彼らが私を受け入れてくれるのならば、生きていこうと思い考えていたことがある。そこでは、自分が所帯持ちである必要は無い。この様に生きるとなると、それはその者に早期の死をもたらすかもしれない。だが、それは大した問題ではないだろう。かつて、NCNP(国立精神・神経センター病院)の某医師が「統合失調症患者の三割は自殺します」と私Shinpei Sugiura(杉浦真平)に告げたが、彼がどれだけ優しいか私にはよく理解できる。……死は終りではない。……どうやら、彼らは他者を見捨てないという行動を取るものであるらしい。そして、しかし、私は他者を見捨ててばかりいた。当該人物の為であるということがどういったことであるかという知見は私の様な種類の者には身に付けるのが難しい。(西暦2021年6月11日14時4分19秒記載、後西暦2021年6月12日13時41分20秒加筆改変、後西暦2021年6月13日21時46分21秒加筆改変、後西暦2021年6月15日12時44分05秒加筆改変、後西暦2021年8月10日3時26分55秒加筆改変)


・イランのロウハニ大統領の民主意識を覆すかの如く、イランの大統領選挙戦から民主派の候補者がしめ出されてしまった。ここには、イラン核合意の云々を前提とした、イスラエルとハメネイ師をはじめとするイラン指導部との奇妙な利害の一致がある様に捉えられてならない。ネタニヤフ首相は敵と戦う気満々である。イスラエルとの友好国を除いて、ハメネイ師らイスラムの指導者達はアンチシオニズムを崩さない。ここでアメリカの「中利」がものを言うだろう。イスラエルとハマスにおける様な「双方の勝利宣言が取り行われる」事態が上手く招かれれば、アメリカの大きな利となるだろう。テヘランがテロリストレジームでなくなるという事は、イスラム教義上は現代社会において一筋縄ではいかないということなのかもしれないが、それによって国が潰されるという矛盾は人類の進化と逆行するだろう。例えば、「ベラルーシがどうあるのか」という事であり、「ベラルーシをどうするのか」という事ではない。ルカシェンコ大統領はここのところをしっかり押さえておられるのではないか?「西欧の実験場としてのベラルーシは彼らのロシアへの足掛かりである」という氏の言明は、プーチン大統領のおっしゃる「ロシアの善意」を私に信じさせる。(西暦2021年5月27日2時44分15秒記載)

・本日西暦2021年5月29日付けの産経新聞(の朝刊)に、UNがイスラエルとハマスの戦闘中に起こった犯罪(?)について調査する云々、と、記載されていた。これは戦争である。連中における犯罪とは何か?戦争など犯罪に決まっていよう。戦争の犠牲となったガザ地区の二百数十人の一般市民やイスラエル側の十数人の一般市民は犯罪の被害者ではないとUNは言っているということである。「戦争において」犯罪行為を捻出する為には、まず犯罪である戦争を肯定してみせねばならない。war crime云々というものはそういうものであり、骨抜きUNは戦争賛美者である。「二度とやるな」とはナチスが残した教訓であるが、ヨーゼフ・ゲッベルスの愚をまた繰り返すのか。その様な下らないことを行っている暇があるのなら、ミャンマーで殺されている抵抗勢力の人々の人命を守るべく行動すればどうか(このままでは、彼らは犬死にである)。(西暦2021年5月29日12時49分59秒記載)

・「ブラックとブラウンだけ許可、ホワイトは禁止」という逆差別を、彼らはそれであると見做さない。私は、西欧的自由の行き付く先が、この無為な自己主張であると考えられてならない。実は、私はそれを「西欧的自由」と短絡的表現で云ってしまって良いのかどうか分からない。私はここで「自由からの逃避」という哲学者の残したものに関して高邁に言及するのではない。少なくとも我々、日本人、は、明らかに西欧文明の恩恵に与っている。何故ああなってしまうのか。……「死のaufheben(止揚)」がもたらすものは、決して自暴自棄ではあるまい。(西暦2021年5月31日12時16分57秒記載)


~About women, there must not be prejudice, discrimination and so on. Even though there is a choice of becoming women above us all, there is a good question, "Which one does come at first about being a woman or being human?" Is the answer unpredictable? Of course, not. Each of us is to be a human for the first time. We can be non-female, but aborted life is to be up to non-personality. From this point of view, all women must not be unrelated to men's delinquency.~

(西暦2021年2月27日14時30分36秒記載)


~In a lot of commons, division "against crime" is a strange opponent. What is "trusting?" There is no satisfaction of me inside opponents like babies. In the case of myself, from what does the degree of being one approximately graduate? Absolutely freedom takes responsibility, and there is no reason for defying free will inside human beings.

When it comes to the necessity for desire, "teachers" come along with scatter-brain and people who are living in satanic trauma from cradles to the graves meet them. The sentenced, "Ego, cogito.", congratulates ourselves meant to be brainwashing.~

(西暦2021年3月13日5時17分59秒記載)


・ヒトは三大欲求のうち、性欲だけは我慢できるそうであり、睡眠欲だけは我慢できないそうである。残りの、我慢できるかもしくは我慢できないかという尺度では裁けない、食欲というものについて、食物を摂れることはヒトの幸せであろうが、只、それは罪深い。……ということを言うと、存在の問題にまで昇華させることができてしまい、欲というものが一義として取り扱われることが可能となるので、もはやそれは例えば凶弾で有名人を沈める精神障害者の世界である。…自殺?それはそれで、その世界では、肯定されてしまうのだろう。タナトスが精神の分裂をもたらさないという詭弁は「人を食ってる」輩の(一種の)avariceである。(2021年9月14日15時10分54秒記載、……※"avarice"については「ß」というタイトルのブログの「memo61」というタイトルの記事を参照して下さい。)


・「他人の幸福の上に自分の幸福を築いてはならない、他人の幸福の中にこそ自分の幸福もあるのだ」という文面において、私がトルストイの様には偉くないということかもしれないが、自分の幸福というものは他人の幸福を前提としてそれからフィードバックされて返ってくるものではないかと考えてしまう。これは、間違いなく、積み重ねているということにおいて、後者ではなく前者に該当するものであろう。…私は他人の幸福を真に喜ぶことの出来る生き物ではないのかもしれない。もし、後者の様な人ばかりであれば、人間社会も上手くいくかもしれないが、彼らはBefore Christにおいておおむね犠牲になる事が多かっただろう。(西暦2022年8月2日13時38分記載)
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プロフィール

HN:
Shinpei Sugiura
年齢:
44
性別:
男性
誕生日:
1981/03/20

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